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2010-08-27

お疲れ様です

阪大の菊池さんがSYNODOS Blogに寄稿された、「科学と科学ではないもの」を読んだ。

想定問答が掲載されていて、(僭越ながら)感心するとともに笑ってしまった。

以下、一部(大部分か)引用。

「そんな話はくだらないのではないか」→くだらないです。くだらない話を問題にしなくてはならない悲しさを理解してください。

「ニセ科学の話なんかよりもっと大事なことがあるのではないですか」→あります。もっと大事な話をしたいです。

「シロウトには何が本物かニセ物かわからないので、科学者は何がニセ物なのか、ニセ物が流行る前にちゃんと言ってください」→何が流行するか誰にもわからないので無理です。まさかこんなものが流行するとは、というやつばかりです。

「科学が絶対だと信じるのはおかしいのではないかですか」→信じていません。科学というのは結果が絶対だという意味ではなくて、科学的な方法論とか、科学的な考え方とか、そういうものが有効だということです。

ぼくは自然を相手にするにあたっては自然科学の方法論なり、考え方なり、手続きなりというのが一番有効であると信じているわけですけれども。そのことと、科学が絶対だと信じるということとはまた別の話です。

「科学で解明できないものに何でも「ニセ」とレッテルを貼るのはおかしいのではないですか」→貼っていません。科学のフリをするけれど、科学としての条件を満たしていなかったりするものにだけ、注意をうながしているんですね。

ニセ科学については、できれば一般論をやりたいとか、なるべくメタなレベルで話を済ませたいという希望は誰でもあるわけですが、いろいろ考えたけれどもダメですね。ケーススタディをきちんとやらないともうどうしようもない、というのが答えです。

一般論をやりたい人はたくさんいるし、気持ちはよく理解できるんですが、やはり事例を知らないとどうしようもない面というのはある。分析しようと思ったら、まず事例ごとにやるしかないんです。ケーススタディのない一般論は意味がないと思います。

写真もステレオタイプの科学者イメージを打破するには十分すぎると思うが…ちょっと逆効果かも(笑)。
研究室のサイトには、こんな写真もあります。

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